ダブル主人公ファンタジー「エンジェル・ハウリング」

本作は、秋田禎信先生の小説です。

全十巻ですが、面白いのは奇数巻と偶数巻で、主人公が異なること。

奇数巻の主人公は、ミズーという二十歳の女性。

偶数巻の主人公は、フリウという十四歳の少女です。

精霊が存在する世界で、必死に何かを探す、彼女達の物語です。

連れ去られた養父を追う、フリウの物語も読みごたえがありますが……私は、双子の姉を追いながら、忘れていた自分を思い出す、ミズーの物語が特に好きです。

ミズーは深紅の髪を持つ、暗殺者の女性。

ある目的から、幼少時より、殺人技術だけを叩き込まれて育ちました。

自由になっても、知っているのは殺し方だけ。

そんな彼女の前に現れた謎の存在・アマワは、双子の姉が死んだと告げます。そして姉・アストラの契約は、ミズーに譲渡されたと……。契約とは何なのか。アストラに何があったのか。

ミズーは手がかりを求めて、大きな陰謀に巻き込まれていきます。

謎の青年アイネストや、彼女と同じ境遇のジュディア。そして、鍵を握る退役騎士と、その養子フリウ。

彼らと出会い関わることで、彼女は忘れていた、人間らしい感情を掴みとっていきます。そして終盤、辿り着いた場所で待っていたものは……。

フリウ編は「信じること」、ミズー編は「愛すこと」について、真摯に描いている物語です。難解で重いテーマ、独特の文体で取っ付きにくさもありますが、途中から癖になりました。少なくとも、私は……。

秋田先生の描く、タフで物騒で、どこかズレている女性が堪能出来ます。

明日、何を作ろう

著者は「暮らしの手帳」の編集長を9年間務めた松浦弥太郎さんです。

料理本とエッセイを組み合わせたような構成になっていますが、料理は馴染みのあるものばかりで、作り方もシンプルで簡単だし、エッセイは松浦さんの世界観に溢れていて、読んでいると心が落ち着き、また何だかノスタルジックな気分になってきて、お母さんの作ってくれた料理が無性に食べたくなります。

それもそのはず・・・掲載している料理メニューは、「おむすび」「ウインナーのケチャップ炒め」「ポテトサラダ」「豚の生姜焼き」「スクランブルエッグ」などの家庭の味、それに憧れの外食メニューだった「スパゲティーナポリタン」「グラタン」「ハムトースト」などです。

写真もすごく美味しそうできれいで、見ているだけでお腹が空いてきて、すぐにでも台所に立って料理をしたくなります。

実際にレシピ通りに丁寧に調理していくと、心がシンと静かになって、何だか修行僧にでもなったような気がしてきます。

この本のレシピを見ながら料理をする時には、音楽をかけたりおしゃべりをしながらではなく、優しい気持ちで自分と食材に向き合うのがふさわしいと思います。

私はすでにいくつかの料理を作ってみましたが、その中で一番感激したのは「カレーライス」でした。

こちらは小麦粉とカレー粉というシンプルな素材でルーを作るのですが、出来上がったのは、昔お母さんが作ってくれた懐かしくて優しい味のカレーでした。家族にも食べてもらいましたが、市販のカレールーの味しか知らない家族でも、「何これ!ウマっ!!」と感激していました。私が優しい気持ちで作ったから美味しくできたのかな?とも思います。実際に料理はしなくても写真を見ているだけでも癒されるので、他の方にもお勧めしたい本です。

「人間椅子」未だ新鮮な古典作品

大正14年の雑誌に掲載された江戸川乱歩の有名なミステリー小説です。

人気女流作家の佳子は、官庁に勤める夫とそれなりに裕福な暮らしの中。平和に暮らしていた。夫を仕事に送り出し、自分あてのファンレターに目を通すのが日課になっていた佳子はファンレターの束の中に分厚く大きな封筒が混じっている事に気づく。

それを開封すると中から原稿用紙の束が出て来た。ファンが自作の小説でも送ってきたのかと思った佳子はその小説を読み始める。

しかしそれは小説と呼ぶには奇妙な、妙に現実味を帯びた『私』という人物の独白文だった。『私』は椅子職人であり、ある日出来心から自作の椅子の中に生活物資を持ち込みその椅子と共にホテルのロビーへと搬入される。そして、昼は椅子として。夜はホテル内で盗みを働きながら生活をする様になる。いつしか、『私』は自分の椅子に女性が座るという現象に興奮を覚える様になっていく。という内容だった。

やがて、佳子は更に読み進める内に『ある疑惑』におののく事になるのだが…。

古典作品と呼べる程、古い作品のはずなのに全然古さを感じさせません。

初登場からほぼ100年経っているにも関わらず、その内容は現代の人間から見てもゾッっとするその感覚は新鮮なまま。

むしろ、斬新にすらうつります。

また、ホラーなのかミステリーなのか読む人によって受け取り方が違うのも面白い所。

果たして、佳子はどうなるのか。本当に『私』は実在する人物なのか。それとも、誰かの悪戯か。

そう考えるとなんとなく答えが見えそうで見えない所も、この作品の面白さを担っている気がします。

「でも古い作品だしな」「難しそう」と距離を置かず、まずは手に取って数ページ読んでみて下さい。きっと、佳子と同じ様に『私』の独白に夢中になるはずです。

「NOと言わせない企画書の書き方・つくり方」

ビジネスでの交渉や社内/社外のプレゼンテーションで確実に必要になる企画書の、書き方や構成の仕方の本です。

この本は、具体的です。本の中心は、第4章の具体的な企画書の書き方・構成の仕方を中心に構成されていると感じました。

これを中心として他の事が章ごとにまとめられており、他章でとくに重要なものは、企画書を用いたプレゼンテーションの技法(第5章)、実際の企画書の様々なサンプル(第7章)、企画書を実際に書く時にチェックする5つのポイント(第3章)、だと思いました。

実際に企画書を書いた事がない人にとって、第4章と第7章はとても参考になると思います。

たとえば第4章では、色々な企画別に、企画書の各ページで書く項目がまとめられています。

例えば商品企画であれば、1ページ目がタイトル、2ページ目がはじめに、3が前提条件、4が現状調査分析、6が商品コンセプト…といった具合です。

商品企画以外にも、「販売促進企画」「広告企画」「飲食店店舗計画」など、さまざまな企画書のフレームワークが示されていて、大変に実践的で便利でした。

また、第7章では、そのフロー図だけでなく、具体的な企画書の図例なども出ていますので、どのようにレイアウトするかなども分かり、たいへん実践的な本だと思います。

旅の終わり「我が聖域に開け扉」

本作は、秋田禎信先生の小説です。「魔術士オーフェン」シリーズの二十作目。いわゆる第二部の、終焉に当たります。

 

姉を探す為に始まった主人公・オーフェンの旅は、姉の最後と共に、ここで終わりを迎えます。

師を殺してしまった償いの為、彼の悲願を叶えた姉・アザリー。それは魔王の力を召喚し、それを使って世界の破滅を回避すること。

文字通り命がけで目的を果たした姉を、彼女を追い続けた弟は、静かに見送ります。

 

そして因縁の強敵、ジャック・フリズビーとの最後の戦い。

ほとんど魔術を使わず、拳法の打ち合いというのが、何とも本シリーズらしくて、良いですね。名物の精緻なバトルは、ますますスピード感と迫力が増して、極まった感があるほど。

意識を身体が追い越していく感覚に、研ぎ澄まされたオーフェンの強さが感じられて、もう堪りません。

そして初めて過失ではなく、覚悟を持って、他人の命を奪う主人公。

殺人がもたらすモノの重さを知った上で、それを受け入れる姿に、諦念と空しさを感じます。

あんなに、殺せない主人公だったのに……。

彼以外にも、仲間のマジクやクリ―オウも、それぞれに変化や覚悟を迎えます。

「絶望」がテーマの、重く陰鬱な第二部。終盤でオーフェンが、絶望するクリ―オウに叫んだ言葉が、彼が掴んだ答えなのでしょう。

最後まで諦めないオーフェンは、不完全な部分もありながら、やっぱり主人公だなあ……と、しみじみ素晴らしいと思いました。

人情にホロリ「隠し金の絵図 風車の浜吉・捕物綴」

「風車の浜吉」シリーズの、第二弾です。伊藤桂一先生著。

訳あって、かつて五年、江戸を離れていた御用聞きの浜吉。

馴染みの根津に戻り、風車を売りながら、目明かし稼業を再開しました。

頼もしい子分の留造に銀、良い仲間や上司にも恵まれて、腕利き親分の力を発揮する浜吉。

五年間の放浪で得た、知識や技能も大いに事件解決に役立っています。

短編集で、表題作はかつての盗賊に絡む謎解きです。

浜吉の元に届いた手紙は、かつて活躍した盗賊・つばくろの遺言状。

悪徳商人から盗んだ金を、貧しい者に撒いた義賊・つばくろは、正体も何も謎のままに、姿を消しました。その正体は、なんと浜吉が助けた子供の父親

そのお礼に、死ぬ間際にお宝の在りかを、手紙で浜吉に知らせたのです。しかし一筋縄ではいかず、宝の地図は暗号仕立て。

謎を解かねば、お宝は行方知れずのままです。浜吉と仲間が知恵を絞り、お宝探しに奔走します。

殺しもなく、穏やかな読後感の一作。娘を助けられたことがキッカケで、盗みを止めたつばくろ。自分が追う相手の身内とは知らずに、子供を助けた浜吉。

人情がいつの間にか、人を動かしている……浜吉達の人柄もあり、安心して読める捕物帖です。「金の欲しい気持ちは、泥棒も役人も同じ」という述懐にも考えさせられます。

 

堀江貴文さんの著書『本音で生きる』が後押ししてくれる

いつも話題となる堀江貴文さんの本ですが、タイトルに惹かれて読んだのが『本音で生きる』(SB新書)です。著者には、変わりゆく時代の寵児ともいえる面もあって、新しい時代の生き方の参考になります。

この本音で生きるというのも、これまでの社会では本音と建前を使い分けてきた風潮があったことからすると小気味いい生き方だと思います。言いたいことを言ったり、他人のことを気にしないというあり方を心のどこかでずっと望んでいたからかもしれません。

もはや確かなもののない時代になり、自分まで不確かなものにしないために、決して他に振り回されないという主張が印象的な一冊でした。そのための考え方や人間関係・時間の使い方について書かれているのですが、基本は言い訳をしないで自分のやりたいことをすぐにやる、ということにつきるようです。

実際に、堀江さんのアドバイスで、猫ひろしさんがカンボジア国籍をとり、オリンピックのマラソンの代表になって出場を果たしたというエピソードは面白かったです。本に書かれているノリのよさでチャンスをつかむというのも今はよくわかります。今の時代の変化についていくには、長期的なビジョンより、その時々ですぐ行動するのが大切なのですね。

本音で生きられない理由が「自意識」と「プライド」にあるというのも納得できます。本書では、これからのビジネスの基本的な考え方にも触れられていて、いろいろ試してみようと思っています。